昭和30年代から40年代の日本の正月の風景をテーマにした、60代男性の視点から描いたエッセイ原稿を作成しました。(フィクションです)
ふと机の引き出しの奥を整理していたら、一枚の古いモノクロ写真が出てきた。そこには、大きな奴凧(やっこだこ)を大切そうに抱え、まぶしそうにカメラを見つめる小さな自分が写っている。昭和40年代半ば、私がまだ小学生だった頃の正月の記憶が、一気に胸の奥から蘇ってきた。
当時の正月といえば、どこまでも賑やかで、外は子供たちの歓声に満ちあふれていた。元日の朝、雑煮をかきこむように食べ終えると、私は羽織れるだけの寒さ対策をして、飛び出すように近所の広場へと向かったものだ。
集まる仲間たちの手には、それぞれ自慢の「おもちゃ」が握られていた。竹ひごと和紙で作られた竹馬、ズボンのポケットに突っ込んだ木製の独楽(こま)、そして色鮮やかな凧。当時の田舎町には高いビルも電線も少なく、空はどこまでも広かった。
「それ、上がったぞ!」
誰かが叫ぶと、みんなが一斉に空を見上げる。風に乗ってぐんぐんと高度を上げる凧を追いかけ、田んぼの畦道を無我夢中で走った。時には冷たい風で手足が痺れ、鼻水をたらしながらも、寒さなど誰も気にしていなかった。近所の女の子たちは玄関先で「カン、コン」と軽やかな音を響かせ、羽根突きに興じている。失敗して顔に墨を塗られ、照れくさそうに笑う声が冬の澄んだ空気に響いていた。
夕暮れ時になると、どこからともなく門松の松の香りや、薪で焚く風呂の煙の匂いが漂ってきた。「ご飯だよ」と呼ぶおふくろの声に促され、名残惜しそうに家路につく。あの頃の正月には、特別な豪華さこそなかったかもしれないが、温かなぬくもりと、あふれるほどの情熱があった。
今、静かな正月の街並みを眺めながら、ふとあの頃の風の冷たさと、走った後の体の火照りを思い出す。あのどこまでも高かった空と、夢中で風を追いかけた日々の記憶は、今も私の中で色あせることなく輝いている。